2008年1月 6日 (日)

そろそろお終いです

前回書いてから2ヶ月以上経ってしまった。

そろそろこちらのブログもお終いにしようかと思っている。表ブログが忙しくなってしまったからだ。

初めは、日々の表面的なことは表ブログに書き、内面のよしなしごとは、こちらの裏ブログに書くつもりだったのだ。裏といっても本当はこちらが表だよ、といったつもりだったのだが。

しかし、だんだん個人情報だの、トラバだの、炎上だの、ブログの表現上の窮屈さが不自由になってきたのだ。いろいろ気を使って、あまり、書きたいことは書けないではないか。それを気にしない書きっぱなしの、私小説的心情垂れ流しのブログになるのもイヤなのだ。さらに、表ブログでも表現を一ひねりして、心情を自分なりに表すスキルもちょっとは身につけてきた。

あまり私的なことはもともと書けない。そもそも突き詰めれば、そんなにブログに書いておきたいことも、実はあまり無いのではないか。ブログを書くこと、そのものが面白かった時期はもう過ぎた。覚書程度のことに、自分のその時思ったことを書き留める(潜ませる)だけなら表ブログでも可能だ。だったら一つに絞った方が良い。もともと時間もそんなに無いし。

こちらのブログには根底に吉井和哉の音楽に対する思いが通奏低音のようにあった。できればベタベタの表現にしたくなかった。それは今も続いているのだが、前回の記事にも、やっぱりベタベタさはある。さらに今読み返してみて、「それは、ちょっと違うなあ」と、当時の気分と違う思いがある。それを書いてお終いにしようと思う。

ジョン・レノン音楽祭に行った。年末の「吉井武道館2007」にも連日出かけた。去年と同様に「フジ721」での生中継も録画して観た。ジョン・レノン音楽祭も録画して観た(しつこい)。ロッキング・オン社の雑誌「bridge」も読んだ。で、思った。吉井さんは、自分が考えていたストーリーよりも「シンガー」として大きくなっていたんだ、と。

携帯サイトの投稿欄にもあったが、「よしいさんは吉井和哉になってしまったんだね」。THE YELLOW MONKEYから完全にソロアーティストになってしまった、という意味だけではないということに気づいた。それからも飛び立ったソロシンガーになったということだ。

歌が上手くなった。オペラ歌手のようではなく、あくまでロックシンガーとして「歌い上げるシンガー」は、日本にそう多くはいまい。CDの売り上げがどうの、人気がどうの、という前に、シンガーとして、大げさだが、この国になくてはならない人になりつつある。

「bridge」にあった、「青の時代には赤の曲は書けない」というのは、たぶんファンは前から分かっていた。だから毎回アルバムが出るたびに正直びくびくだったのだ。聴きたい、でも(期待を裏切られるのが)こわい、のだ。アルバムを買っても、すぐに聴くのがなんとなく怖くて、二、三日置いてしまったり。まだ、ダメなんじゃない?とか。

でも、たぶん本当にもう大丈夫だ。ジョン・レノン音楽祭と「吉井武道館2007」でのライブのヴォーカルとパフォーマンスの大きさにもう不安定さは感じない。歌の上手さが、たぶん自分が思っていた以上、彼が思っている以上にも、彼の立ち位置を確保してしまった感じだ。去年以上の今年の人気はそのせいだろう。

これは書いておきたい。彼自身も話していて、「やっぱり」と思ったが、吉井和哉の詩に出てくる「You」はけっして特定の個人ではない。「聴き手のファンへ」であり(「Believe」)、「THE YELLOW MONKEYのメンバーたちへ」だ(「So Young」「シュレッダー」)。

もちろんベタラブソングだと思って聴いていてもかまわないが、全部とは言わないが、一部のファンには充分分かっていたことだと思う。だって、そうとしか聴こえないよ。

もう吉井和哉は放っておいても大丈夫(余計なお世話だが)。次のアルバムとパフォーマンスの情報が出たら動けば良い。一挙手一投足を逐一検索する必要は無い。本当にうれしい。ソロになってから、自分の生活とリンクしているようで、見守り気分だったが、先を行かれてしまった感じだ。でも、おこがましいが、無事卒業させた感じで、本当にうれしい。

「吉井武道館(28日。27日はカメラテストですね)」は、自然体でよかった。「カナリヤ」聴けて良かった!自分はたぶん来年の今頃は別の暮らしをしているだろう。でも「吉井武道館2008」でほんわか気分だったら幸せだ。

ファンは吉井教の信者である。それも良い感じの。なかなかこんな良い感じのファンは集まるまい。皆吉井さんに自分の夢をかぶせている。暑苦しいかもしれないが、ファンだもの、ちょっとは仕方ないでしょう。前日はちょっとじっとり系の女性ファンばかりの席で、あまりさっぱり楽しめなかったが、28日の「吉井武道館」。席は悪かったが、周りのファンが良い奴等ばっかりで夏フェスのノリで、すごく楽しかった。

関係ないが、ジョン・レノン音楽祭で、ビール飲みながら酒臭い息で薀蓄(知ってるよ!)傾けていた後ろの立見席の兄ちゃん、すごくウザかったが(「ウザい」という言葉はこういうときに使う)、吉井さんが歌い終わった時、「やっぱ、カッコいいな・・・」とつぶやいていたから、許す!

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2007年10月27日 (土)

日本武道館といえばこの人

しか、思いつかない。吉井和哉

(あれ、しばらくブログ書かないうちにココログの編集画面が変わった様子。やっぱ、まめに更新してないとねぇ・・・。このところ表ブログが忙しくて、よほど書きたいことがないとこちらのブログの更新が出来ない。忙しいのよ~)

今回、24日、25日の両日観ることができた。25日は幸運もあってなんと南西、前方の一階席。たぶんもう二度と座ることが出来ないほど良い席でした。

客層は、もうさまざま。学生、カップルはもちろんだけれども、けっこう年齢の高い人も多く、自分もだんだん居心地の悪さを感じないですむようになってきた。Zeppだとどうだか判りませんが。

ファンなんで、冷静に感想を書くことは出来ないけれど、ともかく良かった。ソロになってからのライブは毎回行っているが、それぞれ良かったけれども、全方向に完成されているのは今回だと思う。

見ていたんだけれども、あまり一つ一つの記憶が無い。一曲一曲にのめりこんでいたんで。歌ったし、身体が動いたし。それをせずにいるのは辛い。

「Hummingbird in forest of space 」そのものもライブ構成向きのアルバムだが、それぞれの曲が動き出したかのように、よりリアルに表現できていたと思う。「シュレッダー」や「Winner」はアルバムで聴くより、ずっと自然で心地よい。

なにより「見たい」と思う吉井さんが見られたのが良かった。とにかくカッコいい。特に25日は、線になって残る流れるような動きで、今日本で、このステージングができるソロシンガーは、そうはいないだろうなあ、と思う。演奏を閉める時の決めの振りが毎回独特でかっこいい。色気ありましたよ。

ライブに色が付いているといったらいいのだろうか。毎回モノトーンじゃないんだよなあ。この人のライブは。

「だんだん毒が無くなっている」って意見もあったけれども、それは年齢の成せる業かも。溜まった毒を昇華させるのが大人なんであって、毒そのものが無くなっている訳ではないんだと思うよ。毒が味わいに変化していくのが年齢を重ねるってことかも。「吉井和哉と武道館」って組み合わせだけで、けっこう毒じゃん。

「ニコニコしているけれどもなんだか侮れないんだよなぁ」って存在になって欲しいんですが。私もそう在りたい。

たぶんオフステージで苦労がたくさんあるんだろうけれども、身体を壊さないように、末永く歌い続けていって欲しい。ホントに日本の宝ですよ。

吉井さんのファンは、歌がルックスがっていうのももちろんあるけれども、もはやその存在が大好きなんだ。自分がやりたくてやれなかったことをやっている人がいる。なりたくてなれなかった自分がそこにいる。本人にとっては大変負担だと思うが、自己の投影なんだ。

目立たず、尖らず、空気を読んで「みんなと仲良く楽しくね」ってのが、このところの主流のようで、コラボだのマッシュアップだのなんだの。セールスの問題もあるのだろうが、でも、吉井さんにはあんまりそうなって欲しくない。一人で独自の生き方を見せ続けていって欲しいと思うのだが、酷かなあ。それを応援するのが、吉井ファンの仕事でしょう。

で、勝手な注文。勝手な、ですよ。

べつにTHE YELLOW MONKEY復活して、と言っているわけではないが、やっぱりエマさんのギターが聴きたい。エマさんのギターは優しい。吉井さんの歌を引き立てようとしている気遣いが見える。二人そろった絵もまた、安心させてくれるんです。これ、ライブを観に行った人たち、そう思った人少なくないと思う。他のメンバーも和やかになる感じがするのですが。一緒に出来ないのは「大人の事情」なのかなあ。

カバーはいらないなぁ。吉井さんの曲だけで聴きたい。さもなければ、原曲そのまま歌って欲しい。原曲知っていると混乱するのです。

武道館1日目は、どうも2日目のウォーミングアップの感がある。二日全力投球するのは疲れるだろうけれども、1日目しか行かれない人もいるんで、それなり何とかして欲しい。それでなくても2日目のチケット取れないんだから。でも、リラックスしている分、素の本音がぽろっと、ってのもあるかも。

そんなわけで、年末の「吉井武道館 2007」は、ちょっと期待している。ぜひぜひエマさんのギターで、直球勝負でお願いします。ゲストもいりませんので。

このところ、吉井さんの詩の良さがようやくわかるようになってきた。ゴロンと入る関係ない言葉が、ここで入れられるっていうセンスが、なるほど詩人だなあ。私、昔から詩、というものが分からなかったので。

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、生物学者の長沼 毅氏の言葉。「人間は後悔するんですよ。した後悔としなかった後悔と。しなくて後悔するんだったら、して後悔する方がいい。」

私も「して後悔すること」にしよう。

ライブの終盤、「雨雲」のラストで武道館の照明が全部付いて会場が照らし出されたのは、感動でしたよ。

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2007年9月17日 (月)

とりあえず箱

「Hummingbird in Forest of Space」 をさんざん聴いているが、思ったのは、この前のアルバム「39108」も、やっぱりいいアルバムだったな。あんまり評価してないみたいなこと、評論家も本人も言ってるけど、そんなことは無い。

1~3枚目のアルバムは、(自分は2枚目はちょっと苦手だけれども)それぞれ、それなりにいい。それから、アルバムにはほとんど入っていないけれども、シングルのカップリング曲にすごくいいものがある。「Blown up Children」「Hate」とか。ここんとこ、誰か取り上げてくれないかなあ。個人のiPodで聴いているだけではもったいないので。ライブでも、もうあんまり歌ってくれなさそうなので。「Muddy Water」、iTunesで配信してくれないかなあ。

自分はシュレッダーにはかけない。「とりあえず箱」が置いてあるので、思い出したくないことは全てそれに入れてしまう。ふたの隙間から時々沁み出して来るが、また押し込んで。

閻魔様のお裁きの時、見てもらうんだ。

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消耗の秋

暑い。ブログの書き出しがほとんどこれになっている気がするが、ともかく暑さに消耗している。光もまぶしく、風も強い。薄暗がりに慣れてしまった身にはともかく強すぎる。

先週は新作CDの聴き過ぎで仕事に支障も出てしまったほどだったが、ちょっと落ち着いたのでこのところの心境など、少し。

TOMOVSKYの詩にあったが、「迷わなくなったのは 迷えなくなったから ものすごいスピードで 選択肢は消えた」(「不惑」)

あまり先のことは悩まないことにした。贅沢しなければ今の仕事をクビになっても、なんとか生活していける(と思うことにした)。

もちろん悪い方の可能性を数え上げたら不安は募ってしまうのだが、果たしてこの年齢からもう一旗、本当にあげることができるのだろうか?

例えばコンピュータプログラミングなど今から習得可能か?コンピュータグラフィックを今から学んだとして、実際に就職口はあるのか?結局年齢の若い順から採用になるのではないか?頑張って資格を取ったとしても、それが生かせるのは、正直30歳代まででは?

そうだと思う。無理だと思う。個人の努力でどうにもできないことは在る。

だから、もう、過去の自分の無力を取り戻すかのように自分を叱咤するのはもうやめた。

ジリ貧の人生だったけれども、何だか悪い方に悪い方に選択して生きてきた気がするけれども、違うんだ。その場面場面で当時の自分なりに踏ん張ってきたんだ。一人で。

ジリ貧だけれども、今生活できている。何とか暮らしているのは最悪にならないように、ならないように、掬い上げてきたからなんだ。もっと悪くなっていたかもしれないんだ。本当は。

この先、病気が再発するかもしれない。でも仕方ないんだ。じたばたしないで楽に死ねたらいいなぁ。

唯一、授かった宝物もある。連れ合いがもたらしてくれたもの。やはり自分にとって大きな転換点は自分以外のひとがもたらしてくれたもの。でもそのひとはもういないし。

いまのままでいい。少しずつ、必要なことは学んで、それでもダメならそれはもう流れなんだ。一日いつ終わっても悔いなく生きられたら本望だな。

頭だけはいつまでもクリアでありたいな。クリアでなくなったら、もう生きてる意味が自分にとっては、無い。

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2007年9月 9日 (日)

バッカみたい、じゃない「バッカ」

吉井和哉は唯一試聴せずにCDを購入するアーティストである。ともかく「買わなきゃなぁ・・・」と思うのである。初めて聴く時はまずハラハラしている。「今度はどんな音なのよ?」と、これほどファンを心配させるアーティストも、そういないのではないかと思う(大変余計なお世話だろうと思うのだが)。そして聴いたからには、ライブも「行かなきゃなぁ・・・」と思うのである。

最新作の「Hummingbird in Forest of Space」。先行して出ていたシングルがまったくバラバラの作品だったので、いったいどうなるのかなぁ、とこれまた心配していたが、前作「39108」と同様、一度聴いただけでもう、大満足である。こちらが単純なんだろうが、頭ひねって自分を納得させる必要なし、問答無用で音が頭に入ってくる。55分あっという間。

「39108」よりも音が豪華で拡がりがある。ヴォーカルも安定してる。改めてカッコいいヴォーカルだなあ、と思う。何通りの歌い方を持っているんだろう。今度は良い意味でリスナーを見据えて自信を持って作ってくれたんだと思う。

かなりレイドバック状態に聴こえていた「Shine and Eternity」もアルバムの中で聴くと違和感なし。「39108」での「Beautiful」のようなものだろうか。歌詞はホントに脱力なのだが(「黒いパンダ」ってなによ、とか。白いのはあったが)、意味がありそうで無さそうで、ただただ可笑しい。でも音への乗せ方が、なんとも気持ち良い。吉井さんの場合、確かにCメロの歌詞が大事ですね。

印象は「at The Black Hole」と「Sicks」を掛け合わせた感じ、なんだろうか(「足して二で割った」感じではない)。力を抜いて作った曲もあるんだろうが、どの曲もイイんで抜かして聴くことができない。「上海」の派手さもいいし、「マンチー」もアルバムの中で聴くと重みが増してる。「Winnner」は、シングルより、カラッとしていてスピードがあって聴きやすい。

「バッカ」にはやられました(「TALI」に対して今度は「バッカ」かよぅ・・・)。「Sweet Candy Rain」以来の艶っぽい曲です。シングル出すならこれでしょう!と思うが歌詞が歌詞だし、クリスマスソングだし。年末にぜひ何かの特番で歌ってください。

強いて難を言えば、ギターが目立ちすぎ!このギターだからこのヴォーカルなのだろうが、もう少し控えてなさい、と言いたい。こんなアルバム作っちゃって次のアルバムネタ切れになっちゃわないかと、また余計な心配も頭をもたげてくるのである。

ライブが楽しみ。正直、ギターがエマさんでないのが残念でならないのだが(THE YELLOW MONKEYを引きずっているわけではないが、やっぱり隣でエマさんが弾いている姿があったら良いなぁ)、武道館の最上階席で観てるぞ~!(90度の席でないだけ今回はマシなのか・・・)

でも良かった。Rockを聴き続けてきて良かった。本当にそう思える。この歳で、こんなアルバムに出会えるんだから。

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2007年8月19日 (日)

早く過ぎてよ、夏!

近年夏はますます苦手である。猛暑記録更新したり、体力が消耗するだけで良い事なし。夏が楽しいか否かで若者度が計れようというもの。8月は映画1本(パイレーツオブカリビアン!)見たきりで、他にはどこへも行かず、夏休みも自宅でひたすら炎天をやり過ごしていた。

休み中は仕事の勉強をしていたのである。8時間は勉強するつもりが3時間になったりしたけど、それは夏休みだもの、休ませてよ。

仕事を振り返れば、異動したての4、5月は正直辛かった。4月はケツメイシの「トレイン」と斉藤和義の「ハミングバード」で、5月末からは吉井和哉の「WINNER」で乗り切った。

7月は法事もあったし私的にも忙しかったが、仕事もなかなか成果が出ず、手探り状態は変わらなかった。斉藤和義のライブがあったので、それだけを唯一楽しみに過ごしたようなものだ。ノルマをこなす事の辛さを改めて味わった。

それで、先日の夏休みだったのだが、たとえ3時間の勉強でも、して良かった。休み明けに仕事をすると、仕事の見え方が違う。今まで分からないなりにもこなした仕事の数と、勉強という質が、ようやく一致し始めてきたと実感している。まだまだ実際に成果は上がっていないが、ちょっと仕事が楽しくなったりなんかしている。

学生時代、問題集の練習問題を数多くこなすことが大変苦手だったが、この年になってようやく「四の五の言わず基礎演習の数をこなすこと」の大切さが分かった。最初は分からなくたっていいのである。或る時から突然分かってくる。ほどけてくる。まったく白紙の時は、どこが重要なのかも分からず、どだい勉強したって頭に染み込んでいかないのである。学問だって、初期は体育会系の繰り返しが必要なのだ。しかし、それを知るのがホント遅すぎた。

さて、暑さで iPod も聴く気にならない。イヤホンが暑苦しい。何か夏の曲は無いのかなぁ・・・。こんな時は iPod を全曲シャッフルである。「鬼束ちひろ」がいいかも、なんて思ったり。(活動再開したけれど、体調大丈夫かな?)

吉井氏の「Shine and Eternity」には面食らったけれども、噛み締めていると味が出てくるスルメみたいに、何度も聴いているとけっこう「これもありかな」なんて思えてくる。ここら辺がファンなのである。かえって「マンチー」は米米みたいでまだ馴染めない。

今度の「シュレッダー」は、ちょっと面白そう。それから明日発売なのでまだ実物は見ていないが、Rockin' on Japan の表紙の吉井氏は今までにない、素材の漂白された雰囲気が出ていてカッコよかった。久しぶりにロン毛だぁ!髪、長い方が絶対良いのでライブまでぜひ切らないでいただきたい。

ジョン・レノンもこの夏聴いて「やっぱり良いよなぁ~」と思ったものである。比べるのもなんだが、ジョンと吉井氏は、アルバムの出し方のみならず、バンド時代、充電期間、活動再開と、何だか似ているのである。

イエモンの一員ではない、ソロとしての立場も、ようやく落ち着いてきたみたいだ。去年のライブはやっぱり一つの通過点として、やっておいて良かったのである。大変だったんだろうなあ。もはやイエモン再結成は、ありえないでしょう。また振り出しだもの。

明日はまた37度なんだって!

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2007年8月12日 (日)

ただいま四連休

家人が数日留守中で、現在家には自分一人である。猛暑の当地では出かける気にはならない。冷房の中、極力体力を使わぬよう、家事は最小限、ちょっと仕事の資料などを読み、読書、テレビ、音楽である。

目醒めて考える。「ああ、自分は今誰からも必要とされていないな」と。休暇を取っても仕事上は何も滞らない。地上から消えてしまっても跡形も無いんだな、と思う。

実際は違う。少なくとも家人や兄弟は、困るだろうし、少しは悲しんでもくれるだろう。いや、待て待て。思わぬところで、自分の存在を必要としている人がいるかもしれない。すべては自分の思い込みなのだし。

胃カメラを飲んだ。別に現在胃が不調な訳ではない。主治医との話の成り行きで飲むことになったのだ。

「4、5月の仕事が忙しかった時、ちょっと胃が痛みまして・・・。今は何とも無いんですが。」「じゃあ、胃カメラやりましょう。1年に一回は胃の検査したほうがいいんですよ~。バリウム飲むより楽ですよ~」 え、えぇ~!

確かにバリウム検診も、つらい。でも前回胃カメラ飲んだ時、「ホントに飲み込むものなんだなぁ」と感じた。のどに違和感はあるし、胃はごにょごにょされてる感あるし、話ほどではないにしてもやっぱりちょっと苦しかった。

今は医療機関での胃の検査は胃カメラが標準なんだな。なんとなくバリウム検査の次の段階、と思っていたのだけれども。

それにしても胃カメラの予約を入れた時の主治医の嬉しそうな顔。「ドンペリ入りました~」ってホストじゃないんだから。こちらも、慢性疾患で薬処方してもらうだけじゃ悪いかな・・・なんて主治医に遠慮と気遣いとサービスをしてしまったものだから、「また今度にします!」って言えなかったのである。ここが私の悪いところ。

過剰診療な訳ではない。地域拠点病院だから、それなりの検査になるのである。家人は頭痛が続くので同じ病院にいったが、CTは当たり前としても、MRIまで撮った。たぶん片頭痛だが(大きな病気では困る!)、特定療養費(紹介状無しで飛び込むと、ン千円取られるやつ)取ってるんだから、考えればより詳しい検査をするのはあたりまえか。

胃カメラ飲むのか~・・・と数日それを考えるだけで胃に穴が開きそうだったが、今回はすごく楽だった!

この病院は検査前に、咽喉の麻酔薬、鎮痙剤のほかにトランキライザー(精神安定剤)を注射するのである。すぐに頭がぼ~っとなってきて、いつ胃カメラ入れたのか出したのか、ほとんど記憶と感覚がなかった。大変良い気分でした。こんな良い気持ち初めてかも。ラリっちゃうってこんな感じなんだろうなあ。

ふらふらしながら会計を済ませ帰宅。帰宅後もぼ~っとしてるし、咽喉がしびれて食事はできないしで、寝てました。

仕事の関係で知りたかった胃カメラの実際を、身をもって体験もでき(「これが翼状針かぁ」とか、「やっぱりブスコパンなんだぁ」とか)。患者の身としては、楽に効果的な検査をしてくれたほうがありがたい。保険者としては過剰診療として眉をひそめるとしても。

でも支払は高かった~!そして検査結果はやっぱり聞きたくない。

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2007年8月 2日 (木)

リニューアル・オープン

ブログは二本書いているが、こちらの本音ブログがすっかりお留守。表ブログ(本音は裏ってとこが何とも・・・)はまあまあ順調なのだが。ふと気づいたら一月半も放置していたようで。

ブログも書き始めてから二年経過。ここらでもう一度整理、トラックバックはやっぱり受付けないことにした。もうすっかりサイドビジネスと宣伝と化したようなので。それから何も全部公開することはないんだ。覚書的な純粋私的なことは日記代わりで非公開でもいいかと。変わらず決めていることは私人への誹謗中傷悪口は書かない、ということ。自分が寂しくなるだけだし。

相変わらず軋轢の日々だけれども、このところちょっと考え方を変えた。もう自分の「自己実現」追求は正直、手遅れなので止めて(ようやく本当に諦められたか?)、それは次世代の家人に任せることとし、自分はそれのサポートでいい。そして自分は「今日一日を生きる」ことととした。哲学的なようでいて当たり前。案外退化しているようで新しいのではないかとも思う。正直真っ当に生きようとするのは疲れた。もはや身を立て名を上げなくてもいい。好きなように楽に生きる。先のことも考えない。こちらの本音ブログは悪意無く黒くなっていく気がする。

で、今日は仕事は休み。病院へ採血に行ったのだ。血を見ると気分が悪くなる人がいるそうだが、自分は全然平気(量にもよるが)。かえって古い血が無くなって身体がリフレッシュする感じがする。今週はハードに働いたので、今日はのんびり、ぼーっとしている。

ブログを整理し、iTunesからCoccoと吉井和哉の新曲をダウンロード。Coccoは好きな曲だから問題ないが、吉井さんの曲は落とす前から強い抵抗感あり。で、落としてからも「やっぱり~」・・・とトホホ感である。

ファンとは曲ではなく、アーティストに惚れるのである。ほとんどタニマチ状態である。だから正直「ロックやってくれよぉ~・・・」と思いつつも新曲はチェックせざるをえない。新曲へのiTunesのリスナーからのコメントも皆同じ気持ちだろう(多分)。

それにしても吉井さんのファンは良い人たちだなぁ。どんな曲を出しても温かく見守る。「うんうん、やりたいことやりきっちゃいなよ。やりきったら、ロックに戻ってきてね」って、こんな辛抱強いファンを持ってホント幸せな人だと思う。毎回毎回どんなシングル曲出すんだろうと戦々恐々、ハラハラしっぱなし。ファンってこんなものなんだっけ?第一吉井さんはもうロックやりたくないのかも。いっそアルバム、早く出して欲しい。

先日処分したTHE YELLOW MONKEYの本を、本屋さんで熱心に立ち読みしている青年が、ちょっとうれしい。吉井和哉の魅力をもっともっと分かってもらいたい。

で、処分した吉井さん関係のロック本、理性的には判断に誤りは無いが、やっぱりちょっと惜しかったな。

参考文献; 「狂いのすすめ」 ひろ さちや著 集英社新書

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2007年6月17日 (日)

何でこうなるのか

Blog06173 空梅雨である。ピーカンの紫外線100パーセントの青空を見上げていると目の奥がきりきりと痛む気がする。

八方塞である。自身の仕事はまだまだではあるが、少しずつスキルアップしてきてスピードも上がってきてはいるが、現在、職場環境が尋常でない状態にあるのだ。

インサイドでなく、アウトサイドに問題があるので、なんとか手助けしたい気持ちはあるのだが、今の立場では何もできず歯軋りするしかない。将来の展望もますます不安定になってきたが、今は部外者として見守るしかない。過去を否定される状況で、さらにそれが未来にも影響を与えていくような、自分保守の身勝手な不安もある。

それなりの収入を得るには見合った労働量をこなさねばならない。体力的な問題もあるし、現状には不満があっても休日出勤、サービス残業をこなすよりはましと、考えるべきなのだろう。しかし最悪の事態になったときの覚悟も決めておかねば成るまい。

社会に合わせていたら、自分が壊れる。今までこうせねばならない、と自分を追い込んできたところもあるけれども、自分の位置をずらしてみる時も必要なのではないかと思うこの頃。

読んでいないのだが、「狂いのすすめ」(ひろ さちや著 集英社新書)という本があるそうだ。「世間から押し付けられる『生き甲斐』なんて持つ必要はありません」 魅力的ではないか。

しかし「思い込みが人間を不自由にする」という言葉も噛み締めるのだ。

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2007年5月27日 (日)

音楽も整理

音楽雑誌を処分しようとまとめている。ここ二年ぐらい、気になる記事の掲載されているものは購入してきたが、音楽雑誌に載っているアーティストのインタビューは「広報」もしくは「公式見解なんだなあ」なんてことを、ようやく認める気になったということだ。

前からそうだとは分かっていたのだけれども、どこかに本音が、ちょっとはあるのでは、との期待があって読んでたり、自分の期待通りの読み方をしてみたり。でもやっぱり宣伝だ、と分かったので(自分で認める気にようやくなったので)、だったら音楽そのものを聞いていればいいや、と思うことにした。

以前は(といっても、かなり昔だが)、けっこう新作アルバムにも辛口の批評が載っていたりしたものだが、音楽雑誌のみならず新聞の批評欄でも、褒めこそすれ「ココがよくない」といったあまり批判がましい評はみられないし、もうそういうものなのだろう。

いろいろな業界の思惑が絡み合って自由度は無いのかもしれないし、昔の方が良い意味で無責任に言い放せたのだろうか。今はそのかわり、少しでも批判に値するものは最初から削除されてしまっている感じもある。「これはふれないでおこう」とか。

で、携帯のアーテイストサイトも削除。聞こえてくる音だけで自分がいいと思ったものを聞いていこうと思う。

さすがにJーPOPだけでは年齢的に飽き足らないものを感じるし(いくらなんでも十代、二十代の好みに合わせろったって無理)、かといって、良い曲なのは分かるけれども「千の風になって」ばかり聞かされるのもなんだし。自分の年代は音楽的にも谷間なのである。このごろ洋楽にまたふと惹かれてしまうのもそのせいかな。十七、八歳の頃聞いていた音楽が一生の音楽の好みになるそうで、それならあの当時、ロックじゃなくてユーミンとか聞いていればよかったんだろうなあ。

と、ここまで書いてきて、ひょいと聞こえてきた変わったイントロで、目にした吉井さんのシングル「WINNER」。サッカー映画のテーマ曲とのことで、題名もイケイケで、「またかぁ」と全然期待していなかったなのだが、これがなかなか良かったのである。

詩はもう、応援歌なのだが、メロディーは意外と「39108」の延長にある感じで頭に残る。「・・・どうか~ますように」の部分がいい。このメロディーだったら単なる応援歌はもったいない。このところ思うけれども、今JーPOPで主流の応援歌も、時と場合によっては心に染みていいけれども(ケツメイシの「トレイン」とか)、いろいろな大きさでの、色での愛を歌う歌の方が、やっぱり艶があるよ。

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